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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)664号 判決

控訴人 水本彦市 外一名

被控訴人 水本信隆 外二名

主文

原判決を取り消す。

本件を大津地方裁判所彦根支部に差戻す。

事実

控訴人等代理人は、原判決を取り消す、被控訴人等の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人等代理人は、本件控訴はこれを棄却する、訴訟費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証としては、控訴人等代理人において「被控訴人正美及び同民が被控訴人信隆の顔をみるために、控訴人等の家を訪れたのは、昭和二六年一〇月二日ではなく、昭和二七年一〇月二日である。控訴人両名が原審昭和三一年七月一九日の口頭弁論において、右訪問の時期を昭和二六年とする被控訴人等の主張を認めた如く記載されているのは、誤りである。被控訴人川口正美及び同民は無思慮にも実子信隆の養育を放棄し、そのため信隆が死の一歩手前の栄養不良情況となつたが、被控訴人正美は、信隆の法定代理人としてこれに代つて、本件養子縁組の承諾をしたことが明らかである」と述べ当審において証人水本秀吉、同正木義信、被控訴本人川口正美及び控訴本人水本カヅエの各尋問を求め甲第九号証の成立を認め、被控訴人等代理人において、「控訴人等は原審昭和三一年七月一九日の口頭弁論において、昭和二六年一〇月二日被控訴人正美と民が控訴人等方を訪れたことは、これを自白しているものであるから、右自白を取消す主張には異議がある」と述べ甲第九号証を提出した外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

よつて先づ職権を以て、本件養子縁組無効確認の訴における、当事者、右当事者の法定代理、訴の併合等の各適否について考察する。

(一)  本件養子縁組無効確認の訴においては、(イ)未成年者である養子信隆(昭和二四年一一月二三日生)が養父母を相手として昭和二六年一二月二八日なされた養子縁組が無効であることの確認を求める訴と(ロ)右信隆の実父母である川口正美及び同民が養親を相手として右縁組の無効確認を求める訴に(ハ)右実父母である正美及び民が、養父母に対して養子信隆の引渡を請求する訴が併合されて、審理判決されていること、また原審の原告となつている右未成年者たる養子信隆の法定代理人としては、その実父母である正美及び民が親権者の資格で当然右信隆の法定代理人たり得るものとして訴を提起していることはいづれも本件記録によつて明らかである。

(二)  ところで養子縁組の無効確認の訴の正当なる当事者については明瞭な規定がないので、疑問があるけれども、養子が原告となる場合は、養親が被告となり、養親が原告となる場合は、養子が被告となり、第三者が原告となる場合には、養親及び養子を必要的共同訴訟の共同被告とすべきものと解される。しかして右いかなる第三者が正当なる原告となり得るかと言えば、結局無効確認判決によつて、直ちに権利を得たり義務を免れたりする地位にある親族とするのが相当である。しかして満一五歳未満の養子が原告となる場合に、その法定代理人としては、本件における如く、養子の実父母が当然に決定代理人となるとする見解(朝鮮高等法院昭和五年民上三一二号同年八月二日民事部判決同趣旨)には賛成し難いものがある。蓋し養子縁組がなされた後は民法第八一八条第二項に則り養子の親権者は養親であり、本件の如き養子縁組無効確認の訴提起の場合に、当然実父母の親権が復活するとの規定なく、むしろ養子縁組無効確認の訴が確定するまでは一応養子の親権者は養親に変りないとみるのが相当であるからである。そして一五歳未満の養子が養親を相手として訴を提起する場合は、もとより親権を行う父又は母とその子と利益相反する行為であり、この場合民法第八二六条に則り、利害関係人は未成年者のため特別代理人の選任を家庭裁判所に請求して(民法第八二六条は特別代理人選任の申立権者の範囲を限定したものと解し難いから、右申立は、利害関係人からもなすことができると解すべきである)訴訟を追行するか、又は右特別代理人の選任手続をしていては遅滞のため損害を生ずる虞あるときは、民事訴訟法第五六条を準用して、右損害を生ずる虞あることを疏明して、親族又は検察官より受訴裁判所の裁判長に特別代理人の選任を求め訴訟をなすべきものとするのが相当である。ところが本件訴においては、以上の手続によることなく、原告となる養子の実父母が当然その法定代理人たり得るものとしてなされたもので、不適法と認めざるを得ないものである。

(三)  しかして本件においては、また右養子の実父母が独立して、養親を相手方として、養子縁組無効確認の訴を提起しているので、この訴の適否について検討するのに、がんらい養子縁組無効確認の訴は、民法第八一五条の類推適用により、養子が満一五歳に達しない間は、代諾権者において訴を提起できるとする説があるが、本件の実父母からする訴がこの説によつたものとは認め難い。すなわち本件においては、甲第一、二号証各戸籍謄本によつて明らかな如く、養子である未成年者が、養子縁組をなした当時は、実父母は協議離婚していたので、縁組を承諾したのは親権者である実父として届出が経由されたところ、右養子縁組届出後、実父母が再び婚姻届出をなした場合であつて、前記代諾権者による訴が許されるとしても、代諾した実父のみから訴をなすべきものか、また訴提起当時代諾権ある実父母からなすべきものかの疑問も生ずる一方、本件被控訴人等(原審原告)訴訟代理人も、本訴は養子の実父母が代諾権者として本件訴をなす旨の主張もないので、一応本件実父母から養親に対する縁組無効確認の訴は、前記第三者からする訴と認められるのであるが、そうすると、その訴の相手方は、前記の如く養親と養子を共同被告としてなすべきものである。もつとも本件の如くその相手方が養親だけであるとしても、養子が原告となつている訴と併合されている場合は、養子も当事者に加はつている関係で、その確定力は養親、養子双方に及び不都合はないとする見解を生ずる余地はあるが、前記の如く本件において養子が原告となつている訴は、その法定代理人の適格性を欠き不適法と認められるので、結局養子の実父母である川口正美、及び同民が養親のみを相手方としてなした本件養子縁組無効確認の訴も、養子を共同被告としていないことにより一応不適法とみるのが相当である。

(四)  のみならず、本件においては更に、養子の実父母から養親に対して養子の引渡を請求する訴が併合されているが、人事訴訟手続法第二六条により、養子縁組事件に準用されている条文中には子の引渡等を命ずる場合あることを定めた同法第一五条の規定が外されているので同法第七条の規定からして、本件養子信隆の引渡請求を、養子縁組無効確認の訴に併合することは許されないものとしなければならない。

(五)  そうすると、以上の諸点を看過してなされた原判決は、その手続が法律に違背したものであるから、民事訴訟法第三八七条に則り取消を免れないものである。

しかして本件は、尚第一審裁判所において、前記本件訴訟の当事者及び訴の併合等について、これを補正し弁論を整理する必要あるものと認め、民事訴訟法第三八九条第一項に則り、本件を第一審裁判所である大津地方裁判所彦根支部に差戻すこととし、主文のとおり判決した次第である。

(裁判官 藤城虎雄 亀井左取 坂口公男)

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